第参拾壱話「AIR」


「祐一さん、準備は整いましたか?」
「ええ」
 辺りを覆っていた雪は全て溶け、季節はもう春を迎えていた。まだ若干の寒さは残るが、肌に触れる風は心地良く、確実なる春の息吹を感じさせてくれる。今日は春彼岸の初日、水瀬家一同と私とあゆで日人さんと神夜さんの墓参りに向かう所だ。
「そう言えば秋子さん、今日は父さん達も来るんでしたっけ?」
「ええ。新幹線で来てそのまま山に向かうとの話でしたから、祐一さんも先に向かっていて下さいとの事です」
 そんな訳で、父さん達を待たずに山の上にある墓地に向かった。
「あれは……」
 山の墓地に来ると私達より先に墓に来ている者があり、月宮家の墓前で手を逢わせている者が居た。
「春菊、まさかお前が生きていたとはな。まあ、そう簡単に死ぬでない事は昔から認識していたがな…。しかし、お前の生還の話題が私の息子が凍死体で見つかった日と重なったのは皮肉だったがな…」
 私達が来たのに気付き、その男は振り返り私達と顔を合わせる。昔という言葉から、春菊さんとは旧知の仲か何かなのだろう。それにしても面影が何処かの誰かに似ているような……。
「久瀬か、久し振りだな…」
「えっ、久瀬ってまさか、貴方は私の学校の前生徒会長であった…」
「そういう君は雪子のせがれだな。聞く所によると應援團の新メンバーになったそうだな。そう言えば君も以前話題になっていたな、日人の一人娘を昏睡状態から目覚めさせたとかで…。ふふ、水瀬よ、お前の周りでは相変わらず不可思議な事が起こるのだな…」
「あっ、久瀬さんのお父さんでしたか…。初めまして、私、水瀬春菊の長女で名雪と申します。この度久瀬さんの後任を務めさせてもらう事となりました。貴方の息子さんの後任が務まるよう頑張る所存です」
 久瀬の父に対し、社交事例的な挨拶をする名雪。久瀬が凍死体で発見された後、実質生徒会長の枠が空く事となり、急遽生徒会選挙が行われた。春菊さんが生存していた事もあり、四天王(例の4人の先生)が名雪を生徒会長になるよう半ば強行した。当の名雪は最初は不安だったが、香里が副会長に立候補し名雪を補佐すると言い、私も應援團として生徒会をバックアップ、名雪の支えになると誓い、立候補する決意を固めた。そして、他に立候補者もいなかったので、信任投票で名雪が新しい生徒会長、香里が副会長になった。
「春菊の子が生徒会長、雪子の子が應援團、そして日人の子が新入生として入学か…。ふふっ、また面白い時代が来るな…。もう少し春菊や雪子の子に早く出会っていれば、儂の息子のあの偏向した教育に侵された思想が、少しはまともになったものよ……」
 そう、久瀬の父のいう通り、あゆは新入生として私達の学校に入学する事になった。あゆは義務教育をまともに受けておらず、またあの学校に入れる程の学力は持っていないだろう。だが、日人さんの娘という理由で、これまた四天王が特例で、推薦枠で入学させる事を決定した。
「春菊さん、この方とはどういったご関係で…」
「私と日人と同期で、当時生徒会長を務めていた。そして、当時應援團と生徒会は対立関係にあった…。久瀬、未だにマルクス主義の幻想は捨てていないのか?」
「当然だ。そう簡単に自分の思想を変える程儂は弱者ではない…」
「ソ連などの共産主義国家は、その殆どが瓦解した。それでもなお、マルクス主義に拘るのか?」
「フ、所詮騎馬民族を祖とする西欧人共にはあの思想は高尚過ぎたのだ。マルクス主義は我が日本国においてのみ、適応されるのだ!考えても見たまえ、昔から日本人は、村八分、出る釘は打たれると平等を重んじて来た。その精神は今でも受継がれている。いい例が累進課税制度だ、あれは明らかに高額所得者に多額の税を払わせ所得の格差を出来るだけ無くそうとする平等意識が反映されている制度だ。マルクス主義は和を持って尊ぶ我等日本国民にはもっとも適応する思想なのだ!!」
「君の論調にも賛同出来る所はある。しかし、闘いにより技量を高めて行く事こそが生きるという意味。競争原理を否定したマルクス主義では社会は停滞するだけだ!」
「だが、その競争原理がこの国をどうした!?過剰なまでに資本を求める余りこの国の民は嘗ての精神を忘れ、金銭に洗脳された衆愚と化した!金の為に親は子を殺し、子は親を殺すまでに至った…。だからこそマルクス主義によって、この国を民に従来の精神を呼び戻すのだ!!」
「敗戦で国敗れて山河ありのあの状態では、資本を増大させて国を豊かにするのを優先せざるのは仕方なかった。資本を優先させる過程で精神的な部分がないがしろにされ、従来の日本的精神が失われた事は否定出来ない。だが、その繁栄も終わりを告げた。今ようやく忘れ去った精神を見直す時期に来たのだ。そして大和心再興にはマルクス主義を持たずとも良い!!」
「フ…フフフ……フハハハハハ……。お前も相変わらずだな…。そう、それでこそ儂の強敵(とも)だ!」
 論戦を繰り返した先のこの豪快な笑い。この久瀬の父親、普通のマルクス主義者と何処か一線を駕している。確実に言えるのは、久瀬の父は間違いなくこの国を心から愛しているのだ。そしてそれが前提でマルクス主義の必要性を説いているのだ。それにしても不思議なものだ、こんな好人物からどうしたらあのような自分しか愛せぬ愚かな子が生まれるのだ…?やはり、徹底的な日教組教育の賜物なのか…?
「失われつつある家族の絆か…。日本一新にはまず、家族の絆や地域の付き合い、そういう身近な関係から見直す必要がある。そして、それらの絆を再び深めるのが我が自憂党の公約の1つでもあるな、久瀬真大日本共産党主席」
「その声は倉田自憂党首か!」
 久瀬の父の声で後ろを振り返る。するとそこには一郎党首と佐祐理さん、それに父さんと母さんが居た。
「と、父さん、それに母さん…。どうして一郎党首と一緒に!?」
「新幹線で偶然乗り合わせたのよ。目的も同じみたいだったから一緒に来たのよ」
「久し振りだな祐一!元気そうでなによりだ!それよりも久瀬!俺は今度の衆院選で自憂党から出馬する。今の内首を洗って待っていろ!!」
「ほう、貴様が出馬するのか。あの雪子の目にかなった男だ楽しみにしているぞ!ふふ…、それにしても水瀬の生還に相沢の出馬か…これから面白くなるな……。フハハハハ…フハハハハハ……」
 豪快な笑いを残し久瀬の父はその場を後にした。
「それにしても父さん、出馬するなんて初耳だよ……」
「はは、本当はそんな気はなかったのだがな、春菊が生きていたとなっては俺もじっとしている訳には行かないと思ってな。そんな訳で俺の転勤の話もなしだ!」
「もっとも、出馬するのは父さんの実家のある宮古の地区からだから、選挙活動も兼ねて暫くはそっちに引っ越さなきゃならないけどね。私は父さんに付いて行ってそっちの方に行くつもりだけど、祐一、貴方はどうするの?」
「そうだな…。今の学校生活結構楽しいし、少なくても卒業するまではこの街に居るよ」
「そう。じゃあ、悪いけどまた暫くお願いね秋子さん」
「ええ。私は構わないけど名雪はどうかしら?」
「うん、私も大賛成だよ!!」
「人も揃ったことだし、そろそろ拝むぞ」
 春菊さんの掛け声により、その場にいた皆が墓前に向かい手を合わせる。
「…お父さんお母さん、ボクはもう大丈夫です…。だから天国で二人で仲良く過して下さい…」
「日人君…。君の死は非常に残念だった…。君達のような夫婦こそこれからの日本に必要だったというのに…。さて、私達はそろそろ行くか」
「はい、お父様。祐一さん、私は春休みいっぱいはここに居ますから良かったらまたお茶でも飲みに来て下さいね」
「ええ。佐祐理さんも東大生活頑張って下さいね」
 最後に軽く私達に会釈して倉田親子はその場を後にした。佐祐理さんは見事東大に合格し、春以降は都内で親子3人で暮らす事になるのだそうだ。
「じゃあ、私達も行きましょ。秋子さん、今日の料理は私も手伝うわよ」
「ええ、楽しみにしているわ」
「さっ、私達も帰るぞあゆ」
「うん」
「祐一君にあゆ君…。悪いが君達には少し寄って欲しい所がある」
「えっ!?それは何処ですか?」
「君達が学校と呼んでいたあの場所だ……」


 春菊さんに連れられ私とあゆは思い出の詰まったあの場所へと赴く。
「連れて来たぞ、日人よ…」
「えっ!?」
 その瞬間木々がざわめき声が聞こえて来る。
「この声…お父さん…お母さん…!?」
 どうやらこの声はあゆにも聞こえているようだ。そしてその声の主はあゆが口にした通り、日人さんと神夜さんである。
「お父さん、お母さん…。まだ…、まだ空へは旅立っていなかったんだね……」
『まだ貴方に伝えなくてはならない事があったから…』
「伝えなくてはならなかった事……」
 神夜さんのあゆに話し掛ける声、それは私にも聞こえた。恐らくここに居る3人全員に聞こえるように話し掛けているのだろう…。
「日人さん…日人さんもここにいますよね…?」
『ああ…』
「日人さん…貴方はずっと以前からここに居ましたね…。7年前初めてここに来てから、何度か貴方の声を聞いた気がします…」
『ああ…。幼い我が子と愛する妻を残したまま旅立つ訳には行かない…。そう思い、この街の全てが見渡せるここに嘗て生えていた木に、自分の魂を残していた、7年前のあの日までは……』
「7年前のあの日…!?」
『そう…、君が大切な人を失ったあの日だ…。そして私は父であるにも関わらず、愛する我が子に何も出来ずただ見ているだけしか出来なかった……』
「……」
 それを聞き、私は言葉を失う。我が子をどうする事も出来ず目の前で失う苦しみ、悲しみ…。それは私の悲痛の思いよりも遥かに堪え難いものだっただろう……。
『ちょうどその時私もここに居ました…。亡くなり魂だけの身となってからは私は夫と共にこの場所で娘を見守っていました…。そして何日かして娘が…、あゆが男の子を連れて来る姿が見えました…。その光景が私が初めて夫とこの場所で出会った時の光景と重なり、その光景をずっと微笑ましく見ていました……』
「ここに来るといつも何だかとっても温たかった…。それはお父さんとお母さんがここにいたからなんだね……」
『そして俺はその悔しさの中、ずっと思案していた…。何か、既に魂となった身の自分に何か出来る事はないか……』
『その気持ちは私も同じでした…。そしてそんな時目の前に現れたのが……』
『春菊…、お前だったな……』
「ああ…」
「えっ!?」
 春菊さんが生きていたのは周知の通りである。それにしても死人を装っている中自分の知人がいるこの街に自ら足を踏み入れただなんて……。
「あの時、2度と悲劇が繰り返さぬよう、この木を伐採しようと話題になっていた。その一方で、この木は樹齢壱千年に及ぶ神木であるから、どのような理由であっても伐採するなど畏れ多い…。意見は揺れていたが結局伐採する事となった。それで私は、その前に一度この木がある景色を目に焼き付けておこう、そう思い特別に許可を頂いてこの場所に赴いた…」
『その時俺は春菊に相談した。お前の力で娘の命を救ってくれと…』
「その時私はこう答えた…。それは出来ない…。何故ならこの力はその力は俺なんかの為じゃなく、お前が一番大切にしている人を助ける時に使うんだ…、そうお前と約束したからと…。そうしたらお前はこう答えた…、分かっている…、だから必要最低限、死なない状態にしてくれているだけで良いとな…」
「という事は…」
『ああ祐一君、君の判断は悔しい事に正しかった…。もし春菊が手を施してくれなかったら、あの日から1週間にも満たない内に娘は命を失っていただろう…』
『それであゆは春菊さんの力により、いつ目覚めるか分からない状態で時を過ごす身となりました。でも、悲しい事ではあるけどその状態があゆにとっては一番幸せな状態だったのですから…。両親もなく、祐一さん貴方もいつこの街に戻ってくるか分からない状態…、例え目を覚ましても娘の目の前にあるのは頼りに出来る、心の拠り所に出来る人が誰も居ない悲しい現実しか待っていなかったのですから…。それならばずっと眠っているのが一番良かったでしょう…』
「でもボクはそう思ってはいなかったよ…。例え目の前には悲しい現実しか待ち受けていなくても、ボクはずっと祐一君が帰ってくる日を待ち続けていたいと思っていた……」
『ええ…。私もその娘の願いを何とか叶えてあげたくて、ある事を実行に移しました…』
「神夜さん、そのある事とは?」
『祐一さん、それは貴方自身が一番良く分かっている筈です…』
「分かっている…もしや…!」
『ええ…。あの病院でずっと眠っている筈のあゆがどうして貴方の目の前に普通の人間として存在していたか?それが答えです…。あれは私が自分の力を使い娘の魂を分化したのです…』
「魂を分化…?」
『娘が貴方をずっと待っているのなら望みなら、その肉体から魂だけを切り離して空蝉の世に身を置かせたいと…。ただ、それだけでは不充分でした、魂だけの存在では娘には祐一さんを感じる事は出来るけどその逆は出来ない。祐一さんにも娘の姿が分かるようにするには、肉体の変わりに魂の入れものとするものが必要でした…』
「魂の入れもの…」
『そう思った時私の目の前にあったもの、それは祐一さん、貴方が娘に渡そうとした赤いカチューシャ…』
「赤いカチューシャ…?」
 そういえばあゆに渡し損ねたあのカチューシャを、どうしてあゆが身に付けていたのかずっと疑問だった…。
『あの赤いカチューシャには祐一さん、貴方の娘に対する想いがたくさん篭っていました。入れものは何でも良いという訳ではありません、対象となる魂が想っていたもの、もしくはその魂に対する想いが篭っているものでなくてはなりません……』
『その時俺は神夜に頼んだ…。ついでに俺の娘に対する想いが篭ったあの木も使ってくれと……』
『私は夫のその願いを聞き入れ、神木と祐一さんが渡そうとした赤いカチューシャ、この二つを使い娘の魂の入れものを創りました……』
「そしてそれに魂を入れたあゆが私の目の前に現れたという訳ですね…」
『ええ…。その時まで私は再び祐一さんが現れたならずっと娘を祐一さんのいる場に居させたいと思いました…。それが娘の願いでもありましたし、私はタイミングを計って事ある度に娘の魂を祐一さんの元へ運んでいました…。でも、祐一さんが徐々に力を蓄えて行く姿を見て考え方が変わってきました。もしも祐一さんがあゆの事を世界で一番愛しているのなら、祐一さんの奇蹟の力に賭けてみようと……。あゆ…、もう私達が居なくても大丈夫ね…』
「うん…、ボクには自分の一番大切な人、祐一君が側にずっといてくれるから…」
『そう…、ならあゆ、目を瞑って……。これから貴方だけに伝えたい事を伝えるから…』
「うん、分かったよお母さん…」


(あゆ…私がイタコだったというのは知っているわね)
(うん…もちろんだよ!)
(…この力を受継ぐのは私で最後だと思っていた…。でも7年間眠っていたのが皮肉にも貴方にこの力を受継ぐ資格を与えてしまったようね…。あゆ…お母さんはね、ある不思議な力を受継いでいるの…だからお母さんはイタコだったのよ…)
(へぇ〜、そうだったんだ……)
(この力、継いでくれるかしら?)
(お母さんの力…。どういう力かは分からないけど、でもそれがお母さんの願いならボクは喜んで受継ぐよ……)
(そう…でも一つだけ言っておくわ…。この力を受継ぐと貴方は大いなる使命を荷う事になる…。それでもいい……)
(うん…。それを受継いでどんなに大変な事が待ち受けていてもボクはそれを乗り越えて見せるよ…。使命っていう事は誰かを助けたり力になったりそういう事だよね…?今までボクは色々な人に助けられて来ました…、だから今度はボクが誰かの助けに…、力になる番……)
(立派な志ね…。じゃあ今から伝承するわよ…、本来親から子へ受継がれる筈のないこの「月讀宮(つくよみのみや)」の力を……)
(感じる…。木々の声、風の音色…、万物全ての鼓動が……)
(そう、これが神話の時代より受継がれている月讀宮の力…。本来は目が見えない人が生活の糧とする為に、そしてその代償として使命を荷う為受継ぐ力…。でも貴方は7年間眠りに就くという不自由な生活を送っていた…、だからこそ貴方はその力を受継ぐ事が出来るのよ…。そして、その力を使えば聞こえて来る筈…、大気に居ますし少女の泣き声が……)
(…何これ…。草生す屍…そしてそれに抱き付き必死で呼び掛けている少女…。失ったんだね…、あの時の裕一君のように自分の一番大切な人を目の前で……)
(否!それは空蝉の記憶に非らず!それは哀しき幻想よ……。何故ならばその少女が呼び掛けているのは他ならぬ我なのだから……)
(貴方は…。この微弱ながらも生を感じる気配…貴方はまだ生きているんですね……)
(然り。そしてその少女は我がその御方の辺にこそ死なめと心誓った大君…、そして我の大君は今の幻想をずっと見続けているのだ、それこそ壱千年を満たす時を……)


「えっ!?」
「どうしたんだ、あゆ!!」
 私は目を閉じたあゆをずっと見続けていた。その様子は神秘的で私が介入する余地は無かった。だが、暫くして突然あゆが驚いた様子を見せたので、私は思わず声を掛けた。
「あっ…祐一君…。何でもないよ……」
「何でもない訳ないだろ…。あゆ、一体お母さんから何を話されたんだ?」
「うん…。受継いだんだ、お母さんからある力を……」
「力!?」
『そろそろお別れねあゆ…。さっ、その力で私達を空へ舞い上がらせ、大気へ旅立たせて……』
「うん…。我等を護り賜し八百万神よ、願はくばこの者共の魂を我が力を持ち、無事空へと旅立たせん……。無魂大氣行……」
 神秘的な呪文を詠唱するあゆ…。そこ神々しい姿で唱える呪文は嘗て私が龍ヶ丘會戰で聞いた、神夜さんが蝦夷達の魂を空へと舞い上がらせた呪文だった…。
『あゆ、元気で暮らせよ…。祐一君、俺の娘を頼んだぞ…。そして春菊よ、さよならは言わぬぞ!俺のような人間が真っ当に生きれる世の中を、この国の未来を頼んだぞ……』
「ああ、日人……」
『さようならあゆ、祐一君、それに春菊さん…。また機会があったら会いましょう……』
「今までありがとうお父さん、お母さん…。ボク、これらかも頑張って生きて行くよ……」
 そしてその声を最後に、二度と2人の声を聞く事はなかった……。
「日人さん…、神夜さん……」
「哀しいね…」
「えっ!?」
「自分の力で両親を空へ旅立たせるのは…。それはこの世でもっとも認めたくない隣人の死を自ら認める行為だから…。でも、強く生きないといけないから…、だからボクは敢えてそれを認めた……」
「力か…。春菊さん、秋子さんが意識不明に陥った時…、あの時秋子さんの意識を取り戻させたのは、やはり春菊さんのお力なのですね……?」
「ああ。もっとも、それによって私は全ての力を失ってしまったがな…。奇蹟とはそこまで代償の大きいものなのだよ…」
「力の全てを…。私もあゆの意識を取り戻させた時、そんな感じでした…。でも不思議なんです…。力を全て使った、そのつもりなのに、あの日から衰える所かますます力が高まって行くような…、そんな感じなんです……」
「ふむ…。やはり草加殿が言っていた通りなのだな…」
「当然だ!その力がそれ位で失われる筈はない。何故ならばその力は……」
「えっ!?―」

…第参拾壱話完

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